fickle, butterfly
フィクルさんは英単語がそのまま名前になっているタイプです。フィクルさんは移り気で優柔不断なところがある方ですが、fickleという英語の形容詞は“〈人・気分・愛情などが〉気まぐれの,変わりやすい”という意味です。(『ジーニアス英和大辞典』より)。→参考:fickleの意味 - 英和辞典 Weblio辞書
フィクルさんは蝶をモチーフにしたドレスを着ていますが、butterflyを辞書で引いてみると、日英で「蝶」の持つイメージが異なることがわかります。
日本語で「蝶のような」と言うと、「優雅で綺麗な」という雰囲気ですが、英語では「忙しい、落ち着きのない」感じです。
まさに行ったり来たりのフィクルさんらしいイメージ……ですね。ちなみにジーニアスでbutterflyを引くと2番目に“快楽主義者,移り気な人,浮気女”とでてきます。少し言い過ぎではないでしょうか……。
ただ、ロングマン現代英英辞典では「移り気な人」は4番目ですし、オックスフォード現代英英辞典にはbutterflyそのものの意味としては「移り気な人」は出ていませんので、現代英語としてはあまり使わないのかもしれません。ですが、移り気な人に対して比喩的に使うことは間違いありません。オックスフォード英英にも例文にはShe's like a butterfly.という文があります。
以上から、fickleとbutterflyが似たような意味を持っているということがわかります。この2つの単語を使ってすこし面白い英文を作ることができます。
She is as fickle as a butterfly.
彼女は蝶のように移り気だ。
中学校でも習う"A … as + 原級 + as B"という「AはBと同じくらい……だ」という言い回しは、このように「AはBのように……だ」という使い方もできます。
どうです? 面白くないですかこの例文……。面白くないですか……そうですか……
妖精フィクル
スワロウテイル
初登場時の「妖精 フィクル」さん、もちものが「スワロウテイルタクト」、そしてヒメモードにも「スワロウテイル」の名が冠されています。英語表記するならば "swallowtail"、「燕の尾」です。燕の尾のように尻尾が長くなっているものを指す単語ですが、これはアゲハチョウ科の昆虫を指す言葉でもあります。また、リーダーズ英和辞典の "swallowtail"の項にはキアゲハの事だと書いてあります。英語版ウィキペディアのキアゲハのページに、「単にスワロウテイルの名でも知られている」とあるので、やはり単に "swallowtail"といったときには、キアゲハのことを指すようです。
キアゲハは学名を"Papilio machaon"と言います。「パピリオ・マカオン」……と読むのだと思います。ラテン語の発音には明るくないので正しいのかわかりませんが……。とはいえここで重要なのは、属名を表す "Papilio"の部分です! パピリオ、聞き覚えがありますよね?
そう、妖精フィクルさんのコーデ名です! パピリオコーデ。特にパピリオフリルハイヒールは素早さが20上がり、テンションUPのスキル値が80あるようなので、サニーさんに履かせてあげると強そうですね。とまあ、名前から見ても、フィクルさんは全身アゲハチョウなんです。
ちなみに、パピリオという学名はラテン語で「蝶」を意味しています。
寄り道――papilio, papillon, butterfly, Schmetterling
蝶を表す言葉で、「パピリオ」と似たような単語をお聞きしたことがありませんか? 犬の品種の名前にもなっていますが、「パピヨン」も蝶を指す言葉ですね。こちらはフランス語で、"papillon"です。つづりも似ています。これは、フランス語がロマンス語に属する言語であることに起因しています。ロマンス語というのは、俗ラテン語を起源とする言語の総称です。フランス語版ウィクショナリーのpapillonのページを見ると、やはりラテン語が語源だと書いてありますね。
フランスのお隣さんの中では、イタリア語はフランス語と同じロマンス語に属します。しかしドイツや(海峡を挟んでお隣の)イギリスは違います。独語、英語はゲルマン語派です。英語で蝶は "butterfly"ですが、ドイツ語では "Schmetterling"です。一見すると共通点はなさそうです。
語源を見てみましょう。butterflyは「butter(バター)」と「fly(飛ぶ虫)」の組み合わせで出来ている単語です。butterflyにbutterが含まれるというのは、ルイス・キャロルが『鏡の国のアリス』で「バタツキチョウ〈Bread-and-Butterfly〉」という言葉遊びに使っていましたね。
なぜ蝶が「バター」と「飛ぶ虫」の組み合わせで表されるのかは諸説あるようですが、魔女が蝶に変身してバターを舐めに来るという迷信があったようです。実はドイツ語も似ていて、 "Schmetter"は乳製品のクリームを指すそうです。残りの"-ling"は男性名詞を作る語尾……ですかね? あるいはラテン語の"lingua(舌)"あたりと関係あるのでしょうか? よくわかりません……。
蝶の翅の妖精
フィクルさんの肩書きは「妖精」ですね。妖精といえばイギリスです! フィクルさんのような蝶の翅を持つ妖精のイメージは、『花の妖精』の影響が強いようです。『花の妖精』とは、イギリスの挿絵画家・児童文学者であるシシリー・メアリー・バーカーの手による妖精詩画集です。→シシリー・メアリー・バーカー - Wikipedia
シシリー・バーカーの名は知らずとも、彼女の描いた妖精たちを目にしたことはあるのではないかと思います。『花の妖精』シリーズは1923年から出版されています。
シシリーの花の妖精は1923年ですが、実はその前にも、蝶の翅を持つ妖精が大きく話題になったことがありました。舞台はやはりイギリス、ブラッドフォード近くのコティングリー村です。ご存知の方もいらっしゃるでしょう、かの有名な「コティングリー妖精事件」です。
こちらは1916年から1920年の間の騒動です。この事件の詳細は省きますが、フランシス・グリフィスとエルシー・ライトという2人の少女は、絵本の挿絵の妖精を元にして妖精を作りだしました。参考にした部分の挿絵の妖精には蝶の翅はついていなかったのですが、彼女たちは蝶の翅を付け加えています。蝶の翅は当時から妖精らしさの記号として機能したようです。
コティングリーの少女たちが参照した絵本『Princess Mary's Gift Book』には、蝶の翅を持つ妖精が描かれたページもあります。「A Spell for a Fairy」のカラー絵がそうです。
『Princess Mary's gift book .. : Mary, princess of Great Britain, 1897- : Free Download & Streaming : Internet Archive』より |
この妖精の翅には、後翅に尾状突起がありますね。swallowtailです。
では、「蝶の翅を持つ妖精」のイメージはどこまで遡れるのでしょう。
現在の「妖精」のもつイメージ、つまり小さくて陽気な可愛らしい――そういうものを確立させたのはシェイクスピアのようです。シェイクスピアの喜劇『真夏の夜の夢』には、妖精王オベロンと妖精女王ティタニアをはじめとして、妖精たちが登場しています。このシェイクスピアの書いた妖精たちが、現代につながる妖精像を形作ったようです。
中世末期におけるフェアリーの標準的な大きさは、背の高さが約六十センチだったり、一メートルぐらいだったり、二、三歳の子供の大きさだったりであって、シェイクスピアの妖精よりはだいぶ大きい。(中略)薔薇の花や桜草の花の中にもぐり込んだり、どんぐりの殻に隠れたり蝙蝠と戦ったりするほど小さなフェアリー、優しい自然の中で楽しく踊り歌い飛びはねる陽気でかわいらしいフェアリーを創出したのは、やはり詩人としてのシェイクスピアの卓越した才能だった、と言えるだろう(井村君江『妖精の系譜』;p.121)『真夏の夜の夢』自体は1595年前後に初上演されたもののようですが、絵画においてオベロンやティタニアの背中に翅が描かれるものは1800年頃にならないと現れないように思います。深く調べられたわけではないのでわたしの印象ですが……。1800年以前は、蝶の翅をつけるにしても頭飾りとして描くものが多いようです。
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ウィリアム・ブレイク作「Oberon, Titania and Puck with Fairies Dancing」、1786年。 蝶の翅の頭飾りを付けた妖精が描かれている。 |
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ジョゼフ・ノエル・ペイトン作「Study for The Quarrel of Oberon and Titania」、1849年頃。 ティタニアの背中に蝶の翅あるいは花びらのような羽根がある。 妖精の中には明確に蝶の翅を持つものもいる。 |
ちなみに『真夏の夜の夢』の原題は"A Midsummer Night's Dream"で、こちらはライバルカード第1弾「ミッドサマーナイト・ドリーム」というタイトルの元ネタになっていると思われます。ライカ第1弾は1stドリームのライバルたちのカードなので、フィクルさんもいますね!
また、
というツイートを見つけました。「背中に蝶の翅がある妖精」は、少なくとも1800年代初期あたりまでは遡ることができそうです。もっと古いものをご存じの方は教えてくださるとうれしいです。アメリア・ジェーン・マレー(Ameria Jane Murray 1800 - 1896)— キタ@妖精研究 (@nhow_fairy) 2016年5月8日
イギリスのマン島出身。ヴィクトリア調の白いドレスを着たモダンで美しい貴婦人の妖精を描きました。29歳で結婚して以降、妖精画は残していません。 pic.twitter.com/bxZ6X2te3y
移り気な妖精
妖精は移り気な存在として描かれてきました。一つ例を挙げると、イギリスの詩人アレキサンダー・ポープによる『髪盗人』という詩には、「飛ぶ妖精」として描かれる「シルフ(空気の精霊)」が登場しますが、シルフになった軽い浮気女は空中を突き進み、と、軽い浮気女は死後にシルフになる、というふうに描写されているようです。軽い浮気女……fickleでbutterflyですね!
空気の野原を遊び戯れ飛びまわる。
魂のフィクルと無意識のアイディ
オトカドールという作品内でのフィクルさんの立ち位置を考えてみます。フィクルさんは1stドリームphase3からの登場です。ここで同時にアイディさんも登場するのですが……。わたしは、フィクルさんとアイディさんが同時に登場したことには何か意味がある気がするのです。
そう思う大きな理由は、金星のバトンの作成方法です。金星のバトンは多段合成で完成する強力なもちもので、1stドリームのボスであるルシ子さんが持つスタールビーロッドと対になる特別なもちものです。2ndドリームのボスであるフローレスさんの場合、持ち物はフローズンスノードームで、それと対になるのはグレイシアソードです。グレイシアソードも多段合成で完成させる武器ですね。グレイシアソードを手に入れるためには“クリスマスの魔法使いの弟子アシディア”と“氷の女王フローレス”さんの2人から手に入れる素材が必要です。両者は明らかに関係がありそうなキャラクターなので、この素材入手元には納得がいきます。翻って、金星のバトンはどうでしょうか。
金星のバトンの作成には“アケボシのかけら”と“ヨイボシのかけら”を魔王ルシ子さんから、“ホワイトメタル”をアイディさんから、そして“ブラックメタル”をフィクルさんから入手しなければいけません。ルシ子さんとアイディさんに関係があるのはわかります。ですが、なぜフィクルさんが?
そう思って考えてみると、アイディさんとフィクルさんは、方向性は違えど似ている部分があるということに気づきました。お二人とも、「自分が無い」んです。フィクルさんは優柔不断ゆえに一貫性のある「自分」を持たず、アイディさんは他人に流されるがゆえに「自分」がない。
アイディさんはラテン語のイド(id)、フロイトの言う「無意識」に相当する言葉が名前の由来になっているようです。idはドイツ語ではエス(es)で、こちらはエスさんの名前になっていますね。ルールや理想、禁止を説くミカ子さんは「超自我」っぽく、そうするとルシ子さんは「自我」に見えます。
ルシ子さんを取り巻く心理学的要素についての詳しい説明は、また今度機会があれば行います。とりあえず、ルシ子さんとアイディさんは心理学的モチーフを持っているということを頭に置いておいてください。では、フィクルさんには心理学的モチーフは存在するのか? それを考えてみます。
フィクルさんは蝶の翅を持つ妖精ですが、同様に蝶の翅を持つ神話上の登場人物が存在します。名をプシューケーと言い、ギリシア神話に登場する女神です。正確にはもともとは人間で、クピードー(エロース)と結婚する際に女神となるのですが、女神になった後のプシューケーは、しばしば蝶の翅を背中に生やした姿で描かれます。
ベルテル・トルバルセン作「Psyche」、1806年 |
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フランソワ・ジェラール作「プシュケとアモル」、1798年 こちらは蝶の翅を生やした姿ではありませんが、モンシロチョウと共に描かれています。 |
プシューケーの絵画や彫刻は、ルーブル美術館の「《アモルの接吻で蘇るプシュケ》 | ルーヴル美術館」というページでまとまった量を見ることができるので、ぜひご覧ください。
フィクルさんと同じように蝶の翅を持つプシューケー。ギリシア語ではΨυχή、ラテン文字で書けばPsycheです。これは古代ギリシア語で“精神、魂”や“生命”を意味する言葉でもありました。“精神”という意味の“psycho”という英単語がありますが、その語源にもなっています。
心理学を意味する英語は“psychology”ですし、プシュケーは心理学にも関わります。先ほどルシ子さん・アイディさん・ミカ子さんを自我・無意識・超自我に当てはめましたが、フロイトはこれらの三要素を「Seele(ドイツ語で魂、すなわちPsyche)」の構成要素だと考えていました(参考:Psyche (psychology) - Wikipedia)。
つまり! フロイトの精神分析をモチーフとして持つキャラクター群は、ルシ子さん、アイディさん、ミカ子さん、エスさんだけではなく、実はフィクルさんもそこに含まれているのではないでしょうか。だからこそ、アイディさんとフィクルさんは同時に登場し、両者とも金星のバトンの素材を持つ……。
ただ、推理と言うには証拠が乏しく、わたしの妄想が入り込んでいます。そう考えることもできるかもしれない、程度なのでご了承下さい……。
では、今回はこの辺で。
参考文献
- 井村君江『妖精の系譜』新書館、1998
- 井村君江『妖精学入門』講談社現代新書、1998
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